畿内説、九州説、百花乱立の邪馬壹國の比定地 過去の考古学、民俗学の定説に囚われ過ぎているのか プロの歴史学者も、アマチュアの歴史愛好家も 迷宮を彷徨う 魏志倭人伝の呪縛の29文字 南至投馬國 水行二十曰 南至邪馬壹國 女王之所都 水行十日 陸行一月 もし、二十日 十日 一月の記述が無かったならどうだろう 2015年、今、邪馬壹國の比定をGoogle Mapsから試みた


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07.帯方郡からの使節団

さて、これから、帯方郡から邪馬壹國への行程の記述を解読してきます。行程は、魏志倭人伝に記述されている、正始元年帯方郡の官吏梯儁らが、女王の都、邪馬壹國の女王を謁見をした時と想定することにします。大陸の国の官吏が公式に、日本列島を訪問するのは、この時が有史以来、初めてであったと憶測します。
斉王(曹芳)から指示を受けた、詔書・印綬および進貢を届けるために梯儁らは、帯方郡を出発します。

 今以汝爲 親魏倭王 假金印 紫綬 裝封 付帶方太守 假授汝
 其綏撫種人 勉爲孝順 
 汝來使 難升米 牛利、涉遠道路 勤勞 
 今以 難升米爲 率善中郎將 牛利爲 率善校尉 假銀印 青綬
 今以
  絳地交龍錦五匹 
  絳地縐粟ケイ 十張 
  茜絳五十匹 
  紺青五十匹
 答汝所獻貢 直又特賜汝
  紺地句文錦三匹
  細班華ケイ五張
  白絹五十匹
  金八兩
  五尺刀二口
  銅鏡百枚
  真珠 鉛丹 各五十斤


印綬は、卑弥呼への金印、難升米、年利への銀印。
進貢は相当の数量です。1張、1匹を1巻とすると反物170巻。これに金8両、刀二口、銅鏡100枚、真珠50斤、鉛丹50斤。封印された木箱の数は20個以上、1箱10kgとすると合計200kg以上であったと推測します。

使節団の団長は梯儁ですが、使節団は何人いたのか。
副団長2名。進貢運搬係7名。護衛係5名。航海操縦士4名。行程調査係1名。記録係1名。総勢20人以上と憶測します。
この時代、帯方郡から女王國への民間の定期船はなく、使節団は、魏国の専用船で出かけたと憶測します。主船は魏国のエース急の帆船、もしかしたら急遽造船した新船であったかも知れません。最新鋭の帆船は、全長は15-20mくらいあったと憶測します。万一主船が座礁もしくは難破した場合、進貢を届けることが出来ません。船団は1艘単独ではなく2艘以上で構成され、万一の時は、副船に人員、進貢を移し変える用意をしていた。副船もエース急の帆船であったと憶測します。

 とはいえ、初めての日本列島への航海ですから、水先案内人として、女王國の熟練の航海士が各船に同船し、さらに女王國の帆船が船団を先導したと憶測します。

 使節団が行く、帯方郡から邪馬壹國への行程は、すでに確立されていたルートであったと憶測します。安全、無理が無く、経済的なルートであったと想定して行程を解読していくことにします。

狗邪韓國へ


(つづく)
不定期、週末更新予定

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