畿内説、九州説、百花乱立の邪馬壹國の比定地 過去の考古学、民俗学の定説に囚われ過ぎているのか プロの歴史学者も、アマチュアの歴史愛好家も 迷宮を彷徨う 魏志倭人伝の呪縛の29文字 南至投馬國 水行二十曰 南至邪馬壹國 女王之所都 水行十日 陸行一月 もし、二十日 十日 一月の記述が無かったならどうだろう 2015年、今、邪馬壹國の比定をGoogle Mapsから試みた


スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

47.扶桑國(その4)

さて、再び扶桑國の比定地の考察に戻ります。

通典の以下の記述を考察します。

扶桑國復在 倭國之東 約去中國三萬里

3.三萬里何km

約去中國三萬里の一文は、通典邊防第一巻の序伝の冒頭に記述されています。
冒頭を最初から抜粋しました。
通典邊防第一巻は、以下を参照しました。

中國哲學書電子化計劃
http://ctext.org/tongdian/185/zh

覆載之內 日月所臨 華夏居土中 生物受氣正
李淳風云 談天者八家 其七家 甘氏 石氏 渾天之類 
以度數推之 則華夏居天地之中也 
又歷代史 倭國一名日本 在中國直東
扶桑國 復在倭國之東 約去中國三萬里 蓋近於日出處 
貞觀中 骨利幹國獻馬 使云 其國在京師西北二萬餘里 
夜短晝長 從天色暝時煮羊胛 纔熟而東方已曙 蓋近於日入處

天が覆い地が載せる万物の内で 太陽と月が臨むところの 
華夏(中國)が居す(支配する)大地の中で 生物は精気を正しく受ける
李淳風が云うには 天文を談ずる者は8流派あり 
その7流派は 甘氏 石氏 など渾天説の類である
度数(目盛)を以って推し測ると 華夏(中國)は天地の中心にある
また歴代史によると 倭國 もう一つの名 日本は 中國の真東にある
また扶桑國倭國の東にある 中國から約3万里である 
日の出るところの天蓋(天と地の境界)に近い
貞觀の時代(648年)に 骨利幹國が馬を献上した 
使者が云うには その國は 京師(長安)の西北2万里にある
夜が短く昼が長い 羊の肩肉を暗くなってから煮込むと 熟した頃にはもう東の方が曙になる
日の入るところの天蓋(天と地の境界)に近い

通典邊防の序列には以下のことが記述されています。

天体は渾天説で成り立っている。
推測すると華夏中國)は真ん中に位置する。
日の昇る天蓋の近くに扶桑國があり、中國の国境から3万里にある。
日の沈む天蓋の近くに骨利幹國があり、京師(長安)から2万里にある。
中國の真東に倭國があり、その倭國の東に扶桑國がある。

扶桑國は、倭國から3万里以内1-2万里?にあると記述されているのです。
扶桑國倭國からそれほど遠くないところ、つまり日本列島にあったと考えられるのです。


ここでの、3万里2万里は、同じ1里=△△kmの基準で記述されているでしょうか。

骨利幹國およびその周辺國が記述されている、通典の邊防第十五巻北狄六伝、および邊防第十六巻北狄七伝を考察することにより、京師(長安)の西北にある骨利幹國の記述の2万里は、里=何kmの基準を元にしているのか推定することが可能なのです。

詳細は、次回に記述させていただきます。



(つづく)
不定期、週末更新予定




スポンサーサイト

テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

KATS.I

Author:KATS.I
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
フリーエリア
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

カレンダー
08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。