畿内説、九州説、百花乱立の邪馬壹國の比定地 過去の考古学、民俗学の定説に囚われ過ぎているのか プロの歴史学者も、アマチュアの歴史愛好家も 迷宮を彷徨う 魏志倭人伝の呪縛の29文字 南至投馬國 水行二十曰 南至邪馬壹國 女王之所都 水行十日 陸行一月 もし、二十日 十日 一月の記述が無かったならどうだろう 2015年、今、邪馬壹國の比定をGoogle Mapsから試みた


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24.侏儒國 裸國 黑齒國

女王國東 渡海千餘里 復有國 皆倭種
又有 侏儒國 在其南 人長三四尺
去女王 四千餘里 又有 裸國 黑齒國 
復在其 東南船行一年可至


女王國(=邪馬壹國、八女市役所)の東、佐賀関半島関崎から1000里(53.3km)海を渡った、八幡浜、宇和島には言葉は違うが、倭人の國があったと憶測します。

侏儒國は、その南、宿毛湾沿いにあったと憶測します。

周辺國14

裸國、黑齒國魏志倭人伝では、女王國から東南4000里(213km)にあったと記述されています。
しかしながら、八女から東南213kmに地点は、日向灘の沖で陸地は存在しません。これは、筆者の記述の誤りと憶測します。

後年修史された梁書には、方位は南と訂正されています。裸國、黑齒國は、女王國から南4000里(213km)の鹿児島湾沿いの薩摩半島大隅半島にあったと憶測します。



(つづく)
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